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子どもは世界の宝【ネパールスタディーツアー】
ネパールスタディーツアー3日目は、「チベット児童養護施設(孤児院)滞在」でした。
この施設はTCP:TIBETAN CHILDREN'S PROJECTというものの一環で、身寄りをなくしたチベットの孤児たちを引き取り、安全で健康的な生活を保障すると同時に、チベット人としてのアイデンティティーを育むことを目的としています。(TCPホームページより)

チベットは、中国からの干渉により厳しい状況下にあり、その中でも親をなくしたり、離れざるを得なくなった孤児はヒマラヤを超えて、この施設まで大変な思いをしてたどり着きます。

私たちスタディーツアーメンバーが当施設「クンデ チベタン ハーバル クリニック」(チベット医学のクリニックを併設しているため)に到着する以前、参加者一同、最初「孤児院」というイメージと背景から、どこか「かわいそうな子ども」というイメージを持っていたのは否めないと思います。


子どもたちは私たちが到着すると、全員玄関まで来てお迎えをしてくれました。子どもたちは最初は恥ずかしがって、なかなか自己紹介できませんでした。

施設ではまず、施設内にある家庭菜園用の畑を耕起する作業を子どもたちと一緒にさせてもらいました。限られたシャベルをみんなで持ち、みんなで一生懸命に畑を耕します。子どもたちはみんな飽きることなく、真剣に、楽しそうに作業を続けます。シャベルを持っていない子どもたちは木の棒で、少しずつだけれど諦めることなく、土を掘り起こしています。子どもたちが予想以上に真剣になるその姿を見て、僕らも力が入りますが、10〜20歳以上離れた子どもたちの方が体力も持続力も上手です。


一緒に汗をかいていると、言葉は通じなくても、お互いの距離がどんどん近づいていきます。シャベルを貸しあったり、一緒に土をいじったり、収穫しきれていなかった芋を掘り出して感嘆したりと、楽しい時間が過ぎていきました。
小さい家庭菜園にもかかわらず僕らの力不足で7割程度しか、耕しきれませんでした。でも、最後まで子どもたちは一生懸命作業をし続けました。そのひたむきな姿に私たちは恥ずかしく思うのと同時に、感心しました。

(子どもたちも一生懸命)


(カチンコチンだった畑をなんとか耕しました)

(きゃべつだって遊び道具)

(ふふふ)

(♪アーループース一万じゃーく)

午後は、去年のスタディーツアー参加者からのバトン・プログラムとして子どもたちに「夢」の絵を描いてもらいました。この絵を参加者が日本の小学校で、来春発表するということになっています。そして、参加者の大学生はチベット(ネパール)と日本の架け橋を作りたいと言っています!頑張れー、大学生!




子どもたちは、先生、チベット仏教僧など様々な夢を色とりどりに描いてくれました。

休憩してから、施設の近くにある名所を子どもたちと散歩に行きました。迷子や車からの危険を避けるために、大人一人に子どもふたりが横についてギュッと手をつなぎ、一緒に歩きます。往復2時間のさんぽには、大人はもうヘトヘト。でも子どもたちは施設に戻っても元気に遊び回るという元気っぷり!



そして、子どもたちと一緒に夕食を食べた後は、子どもたちはお経の時間。そこに同席させてもらいました。写真が撮れないほどの、とても真剣で聖なる空間。
そこでは、指導者がまんなかに座り、お経を唱え、それにあわせて子どもたちも覚えている限りお経を暗唱します。もしお経がちゃんと読めないと立たされたり、叱られることもあります。時にはお尻を叩かれることもあります。そのため、子どもたちもお経を真剣に、一生懸命に覚えます。でもこれは、親をなくして子どもたちにアイデンティティを持ってもらうためであり、そして国自体が危うくなっているチベットの文化を子どもたちに伝えたいという想いからの厳しい教育方針であり、子どもたちもそれをちゃんと理解して、嫌がらず勉強をしているというのをお経の後、お話を伺うことができました。

お経が終わって間もなくしてからは子どもたちは8時には消灯して、床につきます。

僕らはそのあと、この施設を担っている日本人の加藤さんに、チベットの話し、子どもたちがここに来なければならなかった状況などを聞くことができました。加藤さんのチベットへの想い、そして子どもたちへの深い愛情、そして彼らが自立するためにどういう教育をしているかという話しを聞くことができました。

そのあと、施設の屋上に出て見ると、排気ガスと塵・ほこりだらけのカトマンズ市内とは思えないほどの満点の星空が。それを見た後、僕らも就寝しました。
参加者のT君は、「子どもたちのパワーに圧倒されて、すごい疲れたけど、なんだろうこの心地よい疲れは・・・」と言って、眠りに落ちていました。

そして、まだ朝日の昇りきらない薄暗い朝、起きるとどこからかお経を読む声がします。子どもたちが6時に施設の屋上に行き、お経の暗唱の練習をしていました。みんな本当に真剣な表情です。


そして7時過ぎに朝食を一緒に食べ、子どもたちが学校に行くのを見送って、孤児院でのプログラムを終了し、僕らも次なるプログラムの農村滞在に向かうために、施設を後にしました。

当施設でも、多くのことを学び、感じることができました。
子どもたちは厳しくも愛情あふれた教育を受け、明るく、まっすぐに、逞しく、優しく育っていました。
ある子は、私たちが無造作に脱いだ靴を、しっかりと向きをそろえて、整えていました。誰かにやれと言われることもなく。
子どもたちは、一緒に作ったものを、他の子どもたちや僕らと分け与えていました。決して、自分のものだけにしようとは思わず、物に固執するということが争いのもとだと知っているかのように。でも、散歩のときだけは、逆にみんなが大人の手を取り合うかのようでした。大人への甘えたい気持ちが全面に出てきているようにも感じました。
そして、子どもたちは、誰もが人懐っこく、謙虚で、ひょうきんで、目が輝いていました。僕自身の私見ですが、なんだかすごく「人間らしい」子どもでした。
参加者のみんなも考えたと思います。日本の子どもたちの取り巻く状況はどうなんだろう?物がある、親がいる、教育が受けられる、それにも関わらず・・・。

ある参加者は、「大変な状況でここに来ざるを得なかったのだろうけれど、ここにいる子どもたちは幸せだと思う」と言っていました。僕もそう思いました。

たった1日の滞在で、私たちは孤児院に対して、子どもたちに対して、交流くらいしか出来ませんでした。だからこそ、私たちがこれからできることは、こういう子どもたちがいるということを、周りの人に知ってもらうことなのかもしれません。そのためにも、もしまた当ツアーができるならば、また伺わせていただきたいと思います。

それだけ、ここの子どもたちは、人びとに大きな影響を与えることができる「希望の光」で「世界の宝もの」だと思います。


さて、メンバー一行は、3時間の道のりで、当ツアーのメインイベントである「農村滞在」を行なう村に向かいます。つづく。
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