<< 「戦争とスポーツ」という記事を読んで | main | 甘楽富岡国際農村フォーラム2013開催のお知らせ >>
農村滞在から見えてくるもの【ネパールスタディーツアー】
 さて、メンバー一行は孤児院を出発し、農村滞在先であるシンドパルチョーク郡に向かいます。

厳しい山道、車からは、めずらしくヒマラヤ山脈がとてもきれいに見えました。


カトマンズから3時間ほどの行程を経て、現場に到着です。



滞在先は、カディチョールといい、昨年度と同じ村です。そのため、受入れホストとなる2家族は、首を長くして待っていたそうで、私たちを満面の笑みで迎えてくれました。



私たちの農村の滞在目的は、農村に住む人びとと一緒に生活し、汗を流し、そこから見える価値観を垣間みて、自国と比較することです。たった3泊4日の滞在でそれを遂げることは難しいかもしれませんが、参加メンバーは緊張した面持ちで、家族と対面しました。

1日目は時間がほとんどないため、顔合わせで終わり、2日目から本格的な農村滞在が始まります。
参加メンバーは、農村滞在で自分の学びたいこと、得たいことを目標設定として掲げて、ホストとの交流に挑みます。「文化と生活・農業の結びつきを学ぶ」、「大学で行なっている農学との比較」、「生活の『不便』さ」、「都市との格差について」、「幸せについて」など様々なことについて、ホストから直接聞いたり、体感・体験をし、他に頼ることなく自分の力で学び取ることができるか試みます。それは、いかに人の懐に入り込めるかということにかかってきます。

実際、1日目には躊躇して話しかけることができなかったり、通訳兼ファシリテータとして同行してくれている青年海外協力隊員に頼っている場面が多かったですが、その反省を活かして2日目は、畑仕事、炊事、木の伐採、牛の乳搾り、菜っ葉の収穫など、積極的に家族の仕事を手伝ったり、自分から話しかけたりできるようになっていきました。そうすることにより、ホストファミリーも自然とメンバーとの距離を縮まっていきました。

(家の柱に使うための木の伐採)


(家の隣には牛が住んでます。)







朝の8時から夕方の5時まで、あっという間に時間は過ぎていきます。宿泊先であるゲストハウスでメンバーを待っていると、彼らは疲れてはいましたが、とても充実感に満ちた顔で戻ってきました。そのうえ、彼らは本来であればゲストハウスに泊まるのですが、今夜はホストファミリーの家に泊まることを自ら決めて帰ってきました。やはり寝食のうちのともに「寝」るということも人との交流をぐっと深めるため、安全・衛生面を十分に考慮したうえで、希望者はホストファミリーの家に泊まりました。



農村滞在3日目である、翌朝、宿泊はどうだったか感想を聞いて見ると、その家の生活がより深く見えることができたと言いました。また、お金の価値観などと言った踏み込んだ話しも泊まることによってできたそうです。そういった家庭の内部の話しはなかなかできるものではなく、参加メンバーにとっても貴重な時間だったようです。

3日目は、午前は村にある高校を訪問し、午後はお別れ会ともなる交流会をホストファミリーや親族を招いて、日本から持ち寄ったお菓子を囲んで、盛大に楽しみました。本来であれば、この交流会でお別れとして、翌朝は直接ゲストハウスからカトマンズに戻る予定でした。しかし、そこをホストファミリーは許しませんでした(笑)「翌朝も必ず村を訪れ、挨拶に来てほしい」と言われ、予定を変更し、翌朝も村を訪れることを約束して、懇親会を終了しました。

(日本のお菓子は大人気)

(みんなで懇親会。日本男子に大人気の美人いとこw

そして、農村から出発する朝。少し早起きし、各々のホストファミリー宅に向かい、挨拶をしていると、ホストファミリーからお別れの儀式をしてくれました。メンバーそれぞれが、ホストに対して感謝の気持ちと挨拶を述べていると、参加メンバーの一人が泣き出してしまいました。彼女は、自分がうまくコミュニケーションを取れず、やきもきしていたこと、それでもファミリーが暖かく迎えてくれたことが、感謝の涙となって現れたようです。それをみて、「今日は、みんなと会う最後の日でもなく、悲しい日でもない。だから今日は笑顔で楽しくお別れするって、決めてたのに。」と家族も涙を流し始めてしまいました。
この涙が3日間の農村滞在の濃さを表していたと思います。

(メンバーAとお母さんは大の仲良しです。)



(いつもニコニコしてあまり話さなかったお父さんも涙が止まらない)

そしてタイムリミットが迫り、みんなで写真を撮り、また笑顔に戻り、村を離れました。
村人も私たちもお互いが見えなくなるまで、手を振りました。



参加メンバーが農村滞在で感じたものを、参加メンバーの農村滞在のレポートから一部抜粋して紹介します。

「お金の話になると、場の空気も少し変わる。やはり幸せの形が今の僕らとは違うといえど、お金は必要。日本政府からの援助も、ネパール政府(軍)が懐に入れてしまい、国民(村民)の手には届かない、という事実。本では読んだことがあったが、実際に生で村民の口から聞くと、また感じ方が変わってくる。」

「近所の若い男の人もネパールのことを誇らしげに語っていて、私はあんな風に日本のことを自慢げに話したことなどないと思った。日本について知らないことが多すぎると感じた。国を思いやる気持ちって人を思いやる気持ちに繋がるのかなと、彼らを見て感じた。ここでの生活を通して、日本は裕福だけど人とのつながりというか、心の満たされ方が貧しいなと感じた。そして自分はその日本で生活している。とても不思議な気持ち。海外でホームステイや旅行先の現地の人と触れ合った時にとても心が温まるのは、自分がそんな日本で生活しているからなのか。先進国と途上国の価値観の違いは恐ろしいと思った。」

農村滞在、しかも開発途上国における農村滞在という経験は、滅多にできるものではなく、参加メンバーにとって感じたものも様々であったと思います。
途上国の農村には、「お金」や「車」など日本や都市に有るものがなく、逆に「つながり」や「幸せの価値観」といったものがあります。その、「あるモノ」、「ないモノ」は、今回参加したメンバーそれぞれによって、定義が異なってくるでしょう。私たちもそれを押し付けるものではないと思っています。でも、その「なにか」を見つけられる場所が、まだ途上国には存在していると思います。個々で学んだ・感じたその「何か」を大切にして、これからの日本や海外での活動に是非、活かしてほしいと思います。

次回は、村での高校訪問のヒトコマを紹介します。
| - | 09:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック