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研修を振り返って
一昨日研修生が帰って行った。たった一人の研修生。その前には4名の研修生がいた。
今回のことで色々考えることが多かった。そんなことを年末からずっと考えていた。
寺子屋研修ってどうなんだろうか?客観的に考えてみた。多くの関係者に関わってもらっているから余計に難しいことが多い。
我々にも色々なタイプがいて、研修生にも色々なタイプがいる。それを考えると学校って大変だな〜!
高校や大学は一定の試験があり、そこをクリアーした生徒が集まるが、それでも色々なタイプの学生が集まる。
だからって良い子だけが集まる?そんなことは絶対にないはず・・・相性があうあわないもあるだろうし・・・
でも、学校として預かった限りは、きちんと卒業させるのが学校の責任。先生の責任だもんな〜
たまたま見つけた『心の遊歩道』を読んでたら勉強になったな〜〜〜


一般社会の中で、一般的に、上下関係が存在すると認められている人間関係が、三種類あるように思う。
一つは親子、一つは上司と部下、もう一つは先生と生徒、の関係。
いずれの関係も、「ある概念」があれば、行きづまることなく、スムーズに流れていくが、それがかけている時、
人間関係は、うまくいかなくなるとの「ある概念」があるように感じる。

そのある「概念」とは「尊敬」というものではないだろうか?
基本的に、親は子に、上司は部下に、そして先生は生徒に対して、指導的で優位な立場にあり、それを社会全体が認めている。
しかし、それだけでは、人間関係はスムーズに流れていかない。
そこに(上下関係の)上に立つ方の人間が下の人間から「尊敬される」という概念が存在すれば、その人間関係は非常にスムーズに進んでいくのではないだろうか。
しかし、上に立つ人が尊敬されるような人格を持っていない場合、その人間関係は、かなりの確率で行きづまるのでは?
(俺はそんな人格を持っていない(笑)・・・・)

例えば俺は親というだけで子供に対して威張ってはいないだろうか?
俺は、上司というだけで、部下に対して偉そうにしていないだろうか?
俺は、研修生に対してむやみに威張ったり怒鳴ったりしていないだろうか?
(ヤバイ!すべてにあてはまっているような・・・汗)

上司と部下のことで言うならば、仕事ができる上司であるのはもちろんだが、部下の失敗に対してもなじったり(感情的になったり、威張ったり)しない、そういう人格上の忍耐強さや柔らかさ、寛容さ、というものが「尊敬」の対象になるらしい。
確かに怒鳴ったり、怒ったり、声を荒げたりすることで、「尊敬」を勝ち得ることは、絶対と言って良いほどありえない。

『忍耐強く、いつもにこやかで、誰に対しても同じ態度で接する(例えば、出入りの業者に対しても、上司や部下、男子社員や女子社員に対しても、区別することなく同じ柔らかさ、優しさで接する)、そういう人格を身につけている人は、尊敬されるのです。尊敬される上司の部下は、よく働いてくれます。』

『「上下関係」の間に、「お互いに尊敬する気持ち」があれば、あるいは、互いに「尊敬される存在になろう」との気持ちがあれば、多くの問題が解決して行くような気がします。』『心の遊歩道』弘園社


尊敬に値(あたい)する人間でありたい!!あ〜あ、無理だろうな〜(笑)




 
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